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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)195号 判決

原告

大原令子

外一七名

原告ら訴訟代理人弁護士

泉澤章

四位直毅

黒澤計男

松島暁

前川雄司

河内謙策

大﨑潤一

殷勇基

上柳敏郎

被告

東京都知事

青島幸男

右指定代理人

小林紀歳

外二名

主文

一  本件訴えのうち、甲事件の訴えをいずれも却下し、乙事件の訴えに係る原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  甲事件

被告が、アメリカ合衆国及び国に対し、別紙図面記載の「追加提供区域」として表示された土地部分約四三〇〇平方メートルの返還請求措置をとらないことが違法であることを確認する。

二  乙事件

1  被告が、国に対し、「在日米軍施設及び区域の共同使用に関する協定」及び別紙図面記載の「追加提供区域」として表示された土地部分約四三〇〇平方メートルの無償貸付契約に基づく右土地部分の東京都に対する返還債務の不履行に基づく平成五年三月二九日から平成六年三月三一日まで一日当たり六万四五〇〇円の割合による合計二三七三万六〇〇〇円の損害賠償請求権を行使しないことが違法であることを確認する。

2  被告が、アメリカ合衆国に対し、「在日米軍施設及び区域の共同使用に関する協定」に基づく別紙図面記載の「追加提供区域」として表示された土地部分約四三〇〇平方メートルの東京都に対する返還債務の不履行に基づく平成五年三月二九日から平成六年三月三一日まで一日当たり六万四五〇〇円の割合による合計二三七三万六〇〇〇円の損害賠償請求権を行使しないことが違法であることを確認する。

第二  事案の概要

本件は、東京都(以下「都」という。)の住民である原告らが、被告に対して、都が施工する都道環状三号線隧道構造道路(六本木トンネル)築造工事(以下「本件工事」という。)のために在日米軍(日本に駐留するアメリカ合衆国(以下「米国」という。)の軍隊をいう。以下同じ。)のヘリポートの敷地の一部を共同使用する必要があったため、都、国及び米国の間で締結された「在日米軍施設及び区域の共同使用に関する協定」(以下「本件協定」という。)に基づき、都が国から無償貸付を受けていた都立青山公園の一部である別紙図面記載の「追加提供区域」として表示された土地部分約四三〇〇平方メートル(以下「本件土地」という。)を一時的代替地として提供したところ、被告は、本件工事が終了して本件土地の返還請求が可能となったのに、返還請求措置をとらず、また、本件土地の返還義務を怠っている国(国については、本件土地の無償貸付契約に基づく本件土地返還義務の懈怠も主張している。)及び米国に対する本件土地の利用利益相当額の損害賠償請求権の行使も怠っているとして、これらの怠る事実についての違法確認を求めるものであり、地方自治法(以下「法」という。)二四二条の二第一項三号の住民訴訟として提起されたものである。

一  関係法令の定め等

1  法二三七条一項において、「財産」とは、公有財産、物品(普通地方公共団体の所有に属する動産で現金、公有財産に属するもの又は基金に属するもの以外のもの及び普通地方公共団体が使用のために保管する動産をいう。法二三九条一項)及び債権並びに基金(普通地方公共団体が、条例の定めるところにより、特定の目的のために財産を維持し、資金を積み立て、又は定額の資金を運用するために設けるものをいう。法二四一条一項)をいうとされている。公有財産については、法二三八条一項において、普通地方公共団体の所有に属する財産のうち、不動産及びその従物(同項一号、三号)、船舶、浮標、浮桟橋及び浮ドック並びに航空機並びにそれらの従物(同項二号、三号)、地上権、地役権、鉱業権その他これらに準ずる権利(同項四号)、特許権、著作権、商標権、実用新案権その他これらに準ずる権利(同項五号)、株券、社債券及び地方債証券並びに国債証券その他これらに準ずる有価証券(同項六号)、出資による権利(同項七号)、不動産の信託の受益権(同項八号)をいうとされ、債権については、法二四〇条一項において、金銭の給付を目的とする普通地方公共団体の権利をいうものとされている。

2  「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」(昭和三五年六月二三日条約第七号。以下「日米地位協定」という。)においては、米国は、相互協力及び安全保障条約第六条に基づき、日本国内の施設及び区域の使用を許され、個々の施設及び区域に関する協定は、日米地位協定の実施に関して相互間の協議を必要とするすべての事項に関する日本国政府と米国政府との間の協議機関として日米地位協定二五条一項により設置された合同委員会を通じて、両政府が締結しなければならないとされ(日米地位協定二条一項(a))、在日米軍が使用する施設及び区域は、日米地位協定の目的のため必要でなくなったときは、いつでも、国に返還しなければならないとされており(日米地位協定二条三項)、施設及び区域の返還に当たって、米国は、国に対し、原状回復義務又はそれに代わる補償義務を負わないこととされている(日米地位協定四条一項)。

そして、防衛庁設置法において、「駐留軍の使用に供する施設及び区域の決定、取得及び提供に関すること」(同法五条二五号)、「駐留軍に提供した施設及び区域の使用条件の変更及び返還に関すること」(同法五条二六号)についての所掌事務及びこれらの所掌事務を遂行するため駐留軍に対して施設及び区域を提供するための権限(同法六条一四号)につき、防衛施設局がこれを有するものとされている(同法四二条、四三条、五二条、五三条)。

3  国有財産法六条は、普通財産は、大蔵大臣が、これを管理し、又は処分しなければならないと規定し、同法九条一項は、各省各庁の長は、その所管に属する国有財産に関する事務の一部を部局等の長に分掌させることができるとし、普通財産取扱規則(昭和四〇年四月一日大蔵省訓令第二号)四条四号は、普通財産の使用承認については、財務局長等の権限に属するものとしている。

二  争いのない事実等

1  本件協定締結に至る経緯(甲第三号証、第四号証の一、第七ないし第九号証、第一一号証の一、二、第一四号証、乙第一、第二号証、第四号証の二)

(一) 別紙図面中「提供区域」及び「共同使用区域(都)」として表示された土地部分約三万一六七〇平方メートル(以下「本件区域」という。)は、旧日本軍の軍施設の敷地として利用されていたが、昭和二〇年九月二二日、接収され、昭和三五年六月二三日、日米地位協定に基づき、国から米国に対し、引き続き在日米軍が使用するものとして提供されている土地であり、そのほとんどが大蔵省関東財務局長が所管する普通財産である。そして、本件区域内には、在日米軍のヘリポート、赤坂プレスセンター、星条旗新聞社、PX、ガレージ、独身将校宿舎等が設置されている。

(二) 国は、昭和三八年三月、国有財産関東地方審議会の答申を受け、本件区域(ただし、星条旗新聞社の部分を除く。)を含む国有地を「森林公園」と決定し、同月二九日、東京都市計画青山公園の事業決定を告示した。そして、都は国との間で、本件土地を含む大蔵省関東財務局長所管の普通財産である土地約二万四八六〇平方メートルを「都立青山公園」敷地として、昭和四四年三月二四日から昭和五八年一一月三〇日までの間無償貸付を受ける旨の国有財産無償貸付契約を締結した上で、昭和五八年一一月三〇日までに約二万三三〇〇平方メートルを同公園として供用した。

(三) 昭和二一年三月二六日、環状三号線の都市計画決定がされ、昭和三六年三月一一日、建設大臣は、東京都港区麻布十番一丁目から同新宿区信濃町までの間約3.1キロメートルについて都市計画事業を決定した。

(四) 都は、本件区域のうち、在日米軍がヘリポートとして使用している敷地の一部約三四七〇平方メートル(別紙図面記載の「共同使用区域(都)」と表示された部分)の地下部分に、環状三号線の隧道構造の道路(六本木トンネル)を築造する必要があり、右道路の完成後は、この部分が都の右道路と在日米軍のヘリポートとの共同使用の形態となるため、右共同使用(共同使用部分約三五〇〇平方メートル)及び右隧道構造の道路の築造工事(本件工事)のため、右工事期間中使用する必要がある本件区域内の土地約四〇〇平方メートルの一時使用並びに本件工事の施工期間中使用が不可能となる本件区域内の在日米軍の既存ヘリポートの代替として臨時ヘリポートを設けるために必要とされる土地約四三〇〇平方メートルの在日米軍への追加提供が、昭和五八年六月三〇日に決定され、これを受け、同年八月一二日、国、米国及び都の間において本件協定が締結された。本件協定は、東京防衛施設局長、在日米軍代表者及び都知事により合意、締結されており、都知事は、本件協定においては「申請者」とされている。

2  本件協定締結後の経緯(甲第三号証、第四号証の一、第五、第六号証、第九、第一〇号証、第一一号証の一、二、乙第一号証、第三号証)

(一) 都は、本件協定を履行するため、昭和五八年一一月三〇日、都立青山公園の一部指定区域を変更し、同年一二月一日付け国有財産無償貸付契約の一部変更により、臨時ヘリポートの建設用地として、都立青山公園の敷地の一部である本件土地を国(所管は大蔵省関東財務局長)に返還し、その際、都建設局長名で、臨時ヘリポート用地としての使用が解除された場合、本件土地を都立青山公園用地として、従前と同じ条件で再度の無償貸付を要望する旨の書面(乙第三号証)を、大蔵省関東財務局長に対して提出した。なお、都は、都市計画法に基づく都市計画決定は解除しておらず、いまだ本件土地は都市計画区域内に存在している。

(二) 昭和五九年一二月五日、本件土地を含む土地上に臨時ヘリポートが完成した。

(三)平成五年三月二九日、本件工事が完成し、環状三号線六本木地区の交通開放が始まり、本件協定に基づく復旧工事に着手することが可能となったため、都は、在日米軍との調整方を東京防衛施設局に申し入れたが、在日米軍は、東京防衛施設局を通じて、臨時ヘリポート継続使用の意向を示し、同年六月三日、日米合同委員会において、在日米軍と陸上自衛隊とによる本件区域内のヘリポート基地の共同使用に関する合意が成立し、臨時ヘリポートを在日米軍と陸上自衛隊が共同使用することとなった。

(四) 都は、本件協定に基づく原状回復の復旧工事費用として、平成五年度以降毎年一億円を計上し、都議会もこれを承認しているが、在日米軍が臨時ヘリポートの使用を継続し、原状回復の執行状態にないことから、右予算は一度も執行されていない。

3  本件協定の内容(甲第四号証の一ないし三、第一四号証、乙第四号証の一、二)

被告は、原告市原正樹からの平成八年九月一七日付けの本件協定文書に係る公文書の任意的な開示の申出に対し、平成九年四月一〇日付けで、その一部を開示する旨を回答し、本件協定文書の訳文の一部を開示したが、右開示された本件の訳文の内容は別紙1記載のとおりである。また、都建設局は、本件工事の概要を示すパンフレット(甲第四号証の一)を作成しているが、同パンフレットには、別紙1においては非開示とされた本件協定文書の前文部分の原文が掲載されており、その訳文は別紙2のとおりである。

4  原告らの監査請求(甲第一号証、第二号証の一ないし三、七ないし一九、二三、二七)

原告らは、平成八年七月三日、本件における原告ら訴訟代理人である弁護士松島暁、同黒澤計男、同泉澤章を代理人として、都監査委員に対し、本件土地を不法占拠している在日米軍及び防衛施設庁に対して返還請求及び不法占拠によって過去に生じた損害の賠償請求など必要な措置を講ずることを求めて監査請求をしたが、都監査委員は、同年八月八日付けをもって、本件土地は大蔵省が所管する国有地であり、都が無償で借り受けていたものを返還したものであって、都の所有に属する財産ではないとして、原告らの監査請求をいずれも却下する旨の決定をしたため、同年九月六日、被告が米国及び国に対し本件土地の返還請求措置をとらないことが違法であることの確認を求める訴え(甲事件)を提起し、平成九年二月三日、被告が、国に対しては本件協定及び本件土地の無償貸付契約の各債務不履行に基づき、米国に対しては本件協定の債務不履行に基づき、平成五年三月二九日から平成六年三月三一日まで一日当たり六万四五〇〇円の割合による合計二三七三万六〇〇〇円の損害賠償請求権を行使しないことが違法であることの確認を求める訴えの追加的併合の申立て(乙事件)をした。

三  争点

1  被告が米国及び国に対して本件土地の返還請求措置をとらないことが財産管理を怠る事実に該当するか否か。

(原告ら)

都は、後記2の原告らの主張のとおり、本件土地につき占有使用権限を有しており、右占有使用権限は、本件土地を都市公園法に基づく都市計画公園として半永久的に利用することを前提とするものであって、地上権、地役権などの物権に準じた性質を有する権利である。

(被告)

監査請求及び住民訴訟の対象となる財産管理を怠る事実(法二四二条一項、二四二条の二第一項三号)における管理の対象となる財産につき、法二三七条は、公有財産、物品及債権並びに基金をいうとしているが、原告らが主張する返還請求権の内容に照らし、それが物品及び債権並びに基金に該当しないこと、法二三八条一項各号に挙げられている公有財産のうち、同項一号及び四号以外のものに該当しないことはいずれも明らかであり、本件土地は都が国から無償貸付を受けていたものを臨時ヘリポート用地として国に返還したものであって、原告らが主張する返還請求権は、同項一号(不動産)あるいは同項四号(地上権、地役権、鉱業権その他これらに準ずる権利)に規定する公有財産に該当するものでない。

2  都が米国及び国に対して本件土地の返還請求権を有すると認められるか否か。

(原告ら)

(一) 都の米国及び国に対する本件土地の返還請求権の発生原因事実は次のとおりである。

(1) 無償貸付契約の継続

① 国は、都に対して、昭和四四年三月二四日、本件土地を含む国有地を公園用地として無償で貸し渡し、都は、昭和四五年六月一日、右公園用地を都立青山公園として開園した。

② 都、米国及び国は、本件協定において、使用期間を本件工事完了までとして、本件土地を臨時ヘリポートとして在日米軍が使用し、本件工事完了後、従前どおり都が単独で本件土地を占有使用する旨合意した。

③ 本件工事は平成五年三月二九日に完了した。

(2) 始期付き無償貸付契約の成立

① 都及び国は、本件協定において、本件工事完了を始期として、従前と同条件で本件土地を無償貸与する旨の始期付き無償貸付契約締結の合意をした。

② 前記(1)①、③と同旨。

(3) 本件土地返還を内容とする無名契約の成立

① 都、米国及び国は、本件協定において、使用期間を本件工事完了までとして、本件土地を臨時ヘリポートとして在日米軍が使用し、本件工事完了後、米国及び国が都に対して本件土地を返還する旨合意した。

② 前記(1)①、③と同旨。

(二) 本件協定において、前記(一)記載のような合意が含まれていることは、次のような都及び東京防衛施設局の認識内容に照らしても明らかである。

(1) 都は、昭和五八年一一月五日ころ、本件工事現場付近のマンション住民に対し、本件工事内容を説明するための資料(甲第七号証)を配布したが、右資料中の「工程表(案)」では、「仮設ヘリポート工事」と「基地内復旧工事」が予定され、「基地内復旧工事」は、昭和六一年一〇月から翌六二年六月付近まで予定され、「仮設ヘリポート部分撤去・復旧」が工事内容とされており、「仮設ヘリポート工事」においては、昭和六二年六月付近から翌六三年一月にかけて、「撤去」とともに「公園復旧」と記載されており、このことから、都は、本件協定締結後においても、本件工事終了後は基地内復旧工事とともに、本件土地を公園として復旧する工事をするという認識を有していたものというべきである。

(2) 三〇年来在日米軍基地撤去運動を続けてきた団体が平成二年と平成三年に行った東京防衛施設局との交渉において、同局担当者が、本件土地について、本件工事終了後は都に返還する旨明言している旨右団体の報告に記載されており、右によれば、東京防衛施設局も、本件土地は本件工事終了後、都に返還されるべきとの認識を持っていたものというべきである。

(三) 本件協定には、普通財産たる国有地についての処分、管理権限を有する大蔵省関東財務局長が、協定の締結当事者として加わっていないが、本件協定のように、在日米軍を一方当事者として国が施設の提供及びその返還を内容とする協定を締結する場合、国家行政組織法四条、防衛庁設置法五条二五号、二六号、六条一四号、四二条、四三条、五二条、五三条によれば、国の代表者として締結当事者となるのは東京防衛施設局長であり、大蔵省関東財務局長では当事者たり得ないのであるから、本件協定に大蔵省関東財務局長が当事者として参加していないことが、本件土地について、都が国に対して主張し得る占有使用権限を否定する根拠にはなり得ない。

(四) 都が大蔵省関東財務局長に対して乙第三号証を提出したのは、都と国との間における本件土地の無償貸付契約が、当初は大蔵省関東財務局長を当事者とする普通財産の貸付契約であったという経緯に鑑み、内部文書として形式的に提出されたものにすぎない。

(被告)

(一) 本件協定は、本件共同使用部分の共同使用の申請者である都が、既存ヘリポートの原状回復工事を行うことを合意し、主として、これを内容とするものであるから、本件協定はいずれも都の負うべき義務を記載したものであって、本件協定には、原告ら主張のような無償貸付契約継続の合意、始期付き無償貸付契約締結の合意あるいは都に対する本件土地返還合意は含まれていない。

(二) 本件協定が、原告らの主張するように、本件工事完了により本件土地につき都が国に対して無償使用権を取得することを内容とするものであれば、当然、国有財産である本件土地につき、国有財産法九条一項及び普通財産取扱規則四条に基づき、その処分、管理権限を有する大蔵省関東財務局長も、本件協定の締結当事者としてこれに加わって然るべきところ、本件協定には、大蔵省関東財務局長は当事者として何ら関与していないのであるから、この点からも、本件協定が原告らが主張するような内容のものでないことは明らかである。

(三) 都は、本件協定締結後、本件土地を国に返還するに当たって、本件土地の仮設ヘリポート用地としての追加提供解除後、都立青山公園用地として従前と同じ条件で再度貸し付けてもらいたい旨を大蔵省関東財務局長に対して要望しているが、仮に、本件協定の内容が原告ら主張のようなものであったとすれば、本件協定を締結した都としては、右のような要望をする必要はないのであって、この点からも、本件協定が原告らが主張するような内容のものでないことは明らかである。

(四) 甲第七号証の工程表(案)の公園復旧工事との記載は、都としては、本件土地の仮設ヘリポート用地としての追加提供解除後、都立青山公園用地としての従前と同じ条件で再度貸し付けてもらいたい旨の大蔵省関東財務局長に対する願望を国が受け入れ、その内諾を得た場合には、改めて無償貸付の手続をとった上、直ちに本件土地を都立青山公園として使用する予定でいたところから、その予定のもとになしたものにすぎない。

3  被告が損害賠償請求措置をとるべき都の損害額

(原告ら)

(一) 本件土地を含む都立青山公園は都市計画公園として都市公園法の適用を受ける都市公園である(同法二条一項一号)が、同法六条一項は、都市公園に公園施設以外の工作物その他の物件又は施設を設けて都市公園を占用しようとするときは、公園管理者の許可を受けなければならないと定めており、同法を受けて制定された東京都立公園条例(昭和三一年一二月二七日東京都条例第一〇七号)一四条一項、東京都立公園条例施行規則(昭和三二年四月一日東京都規則第三七号)八条一項、同別表第三によれば、臨時ヘリポートは都市公園法二条二項に列挙されている公園施設のいずれにも該当しない工作物の設置であるから、「その他の場合」に該当し、この場合においては一平方メートル一日当たり一五円を徴収することとされている。右は、公園管理者の許可を前提とした占用料であるが、本件のように許可なく行われている占用においても、右占用料相当額の損害が生じているとみるべきである。

そうすると、本件土地約四三〇〇平方メートルの利用利益相当額の損害は、一日当たり六万四五〇〇円(一五円×四三〇〇)ということになる。

(二) 都は、平成五年度予算に初めて復旧工事予算を計上したが、右予算は、平成五年度中に支出負担行為をし、支出すべきものであり、予算措置を講じた以上、都は平成五年度中に本件土地を都立青山公園へと復旧する工事を行わなければならなかったものというべきところ、在日米軍及び国により、都がなすべき事業が一方的に阻止されたにもかかわらず、そのような不正常な事態を打開するための適切な措置(訴えの提起)をとることなく当該会計年度の終期を経過した時点で、被告の義務懈怠は裁量の範囲を超え、違法性を帯びたものというべきである。

(三) したがって、被告が損害賠償請求措置をとるべき都の被った損害額は、前記(一)の一日当たりの本件土地の利用利益相当額の損害額六万四五〇〇円に本件工事が完了した平成五年三月二九日から平成五年度の会計年度の終期が経過した日である平成六年四月一日までの日数三六八を乗じて得られる二三七三万六〇〇〇円となる。

四  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第三  争点に対する判断

一  被告が米国及び国に対して本件土地の返還請求措置をとらないことが財産管理を怠る事実に該当するか否か(争点1)について

1 法二三七条一項は「この法律において「財産」とは、公有財産、物品及び債権並びに基金をいう。」と規定しており、右規定の文言に照らし、法が規定する監査請求及び住民訴訟が対象としている財産管理を怠る事実における「財産」とは、法二三七条一項において規定されているものをいうと解すべきである。

2 原告らが主張する都の米国及び国に対する本件土地の返還請求権の内容をみるに、無償貸付契約の継続合意あるいは始期付き無償貸付契約の締結を根拠とするものについては、右のような構成をとり得たとしても、都の本件土地に対する占有使用権限は使用借権にすぎないものというべきであるし、本件土地の返還を内容とする無名契約を根拠とするものについては、右のような構成をとり得たとしても、都が米国及び国に対する本件土地の返還請求権は、右合意に基づく債権的請求権にとどまるものというべきところ、債権関係にすぎず、また、債権関係の中でも無償契約としてその効力が弱いものと位置づけられている使用借権が法二三八条一項四号に規定する公有財産たる「地上権、地役権、鉱業権その他これらに準ずる権利」に該当しないことは、同号が例示として掲げている「地上権、地役権、鉱業権」がいずれも第三者に対抗し得る物権としての性格を有するものであることに照らし、明らかであるというべきであり、また、債権的請求権である本件土地の返還請求権が、金銭の給付を目的とする権利を対象とする法二四〇条一項に規定する債権に該当しないことも明らかである。

3 そして、原告らが主張する本件土地の返還請求権は、法二三八条一項四号以外の同項各号に掲げられた公有財産に該当するものではなく、法二三九条一項に規定する物品、法二四一条一項に規定された基金のいずれにも該当しないのであるから、結局、法二三七条一項が法における「財産」として規定している公有財産、物品及び債権並びに基金のいずれにも該当しないということになる。

4  この点につき、原告らは、都の本件土地の占有使用権限は、本件土地が都市公園法に基づく都市計画公園として半永久的な利用を前提とするものであって、地上権、地役権などの物権に準じた性質を有する権利であると主張する。たしかに、都市公園法二二条により、都市公園を構成する土地物件については、所有権を移転し、又は抵当権を設定し、若しくは移転することはできるものの、私権の行使が制限されている結果、都市公園である限りにおいて、それを構成する土地物件所有者等の権利行使により、当該土地物件の都市公園としての利用が妨げられないようになっているが、これは、都市公園法が、都市公園の健全な発達を図り、もって公共の福祉の増進に資する(同法一条)という観点から、都市公園を構成する土地物件所有者等に対して特に課した制約によるものであり、それにより、都市公園を構成する土地物件に係る当該都市公園設置者の占有使用権限たる実体法上の権利の性質に変動を生ぜしめるものではないことは明らかであって、原告らの右主張は採用できないものというべきである。

5 以上によれば、原告らが主張する都の本件土地の返還請求権は、いずれも監査請求及び住民訴訟が対象としている財産管理を怠る事実における「財産」には該当しないことになるのであるから、被告が米国及び国に対して本件土地の返還請求措置をとらないことの違法確認を求める甲事件の訴えは、その余の点につき判断するまでもなく、法により特に民衆訴訟として認められた住民訴訟の類型に該当しない不適法な訴えというべきである。

二  都が米国及び国に対して本件土地の返還請求権を有すると認められるか否か(争点2)について

1  都が米国及び国に対して本件土地の返還請求権を有するとしても、右請求権自体は監査請求及び住民訴訟が対象としている財産管理を怠る事実における「財産」に該当しないことは右に説示したとおりである。しかし、都が本件土地の返還請求権を有する場合には、その返還義務を履行しない米国及び国に対する都の損害賠償請求権は、法二四〇条一項に規定する債権に該当することになり、右損害賠償請求権の不行使は、財産管理を怠る事実として位置付けることができるものというべきであるから、以下において、右損害賠償請求権の前提となる米国及び国に対する本件土地の返還請求権を都が有すると認められるか否かにつき検討する。

2  原告らは、本件協定中に原告らの主張する本件土地の返還請求権の根拠たる都、国及び米国の合意が含まれているはずであり、そのことは本件協定の非開示部分が開示されれば明らかになるはずであると主張するが、国の代表として本件協定を締結したのは東京防衛施設局長であることは前記のとおりである。そしてそのことは、「駐留軍の使用に供する施設及び区域の決定、取得及び提供に関すること」、「駐留軍に提供した施設及び区域の使用条件の変更及び返還に関すること」についての所掌事務及びこれらの所掌事務を遂行するため駐留軍に対して施設及び区域を提供するための権限につき、防衛施設局がこれを有するものとされている(防衛庁設置法五条二五号、二六号、六条一四号、四二条、四三条、五二条、五三条)ことの帰結であるというべきであるが、他方、普通財産である本件土地の使用承認については、大蔵省関東財務局長がその権限を有することになる(国有財産法六条、九条一項、普通財産取扱規則四条四号)。

3  したがって、国が在日米軍に対して、普通財産である国有地を提供しようとする場合、右提供に関し権限を有する防衛施設局は、当該国有地の管理、処分につき権限を有する財務局長から使用承認を受けた上で、在日米軍に提供すべきものということができる。これを本件についてみるに、昭和四四年三月二四日から都が国から無償貸付を受けていた本件土地について、昭和五八年一二月一日付けで、都が国に返還したことは前記のとおりであり、証拠(甲第一一号証の一、二)によれば、右返還後、本件土地は、大蔵省関東財務局長から東京防衛施設局に使用承認がなされ、東京防衛施設局から在日米軍に対し、臨時ヘリポート用地として提供されたものであることが認められる。

4  そうだとすると、本件土地が在日米軍から国に返還された場合には、その返還につき権限を有する東京防衛施設局が在日米軍から返還を受けた上で、大蔵省関東財務局長から受けた使用承認につきその目的が終了したとして、本件土地を大蔵省関東財務局長に返還すべきものであって、東京防衛施設局は、在日米軍から返還を受けた場合に、本件土地につき、都との間において既に返還により消滅した過去の無償貸付契約を継続する旨合意したり、都に対する始期付き無償貸付契約の締結をしたり、本件土地を都に引き渡す旨の合意をすることについては、防衛庁設置法上何ら権限を付与されていない。

5 ところで、原告らの主張する合意が有効に成立するためには、東京防衛施設局長が都に対して本件土地を貸し付ける権限を有することが主張されなければならないが、原告らは、本件土地に係る都の占有使用権限の発生原因事実を整理するようにとの当裁判所からの二度にわたる求釈明によっても、本件協定において東京防衛施設局長が「日本政府の正式に認定された代表者」と記載されていることを主張するに止まり、いかなる権限に基づいて、本件協定において、原告らが主張するような合意、契約を締結したのかという点につき明確にしていない。

なお、本件協定の締結後、都から国(大蔵省関東財務局長)への本件土地の返還に当たり、都建設局長が、大蔵省関東財務局長に対し、臨時ヘリポート建設用地の追加提供解除後の国有地について、従前と同様に、都立青山公園用地として使用したいので、従前と同条件で再貸付をしてもらいたい旨の要望を記載した書面を提出していたことは前記のとおりであり、右事実に照らせば、本件協定の締結に当たった東京防衛施設局長において、在日米軍から返還を受けた場合に、本件土地につき、都との間において既に返還により消滅した過去の無償貸付契約を継続する旨合意したり、都に対する始期付き無償貸付契約の締結をしたり、大蔵省関東財務局長による都に対する使用承認を欠く状態で本件土地を都に引き渡す旨の合意をすることについて、大蔵省関東財務局長から何らかの形で権限を付与されていたとみることはできないものというべきである。

6 以上によれば、本件協定を締結した東京防衛施設局長において、本件土地につき都の占有使用を許す権限を有していたことを基礎付ける主要事実について主張がない以上、その余の点につき判断するまでもなく、本件協定において、都の米国及び国に対する本件土地の返還請求権の根拠たる合意が右三者による共同の合意として成立していたとする原告らの主張は失当というべきである。

三  右のように、都の米国及び国に対する損害賠償請求権の発生原因事実が認められない以上、その不行使が財産管理を違法に怠る事実に該当するものではないことは明らかというべきであるから、争点3につき判断するまでもなく、乙事件の訴えに係る原告らの本訴請求はいずれも理由がないものというべきである。

第四  結論

以上の次第であるから、原告らの本件訴えのうち、甲事件の訴えは、いずれも不適法というべきであるから、これを却下し、乙事件の訴えに係る本訴請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官富越和厚 裁判官團藤丈士 裁判官水谷里枝子)

別紙赤坂プレスセンター現況図〈省略〉

別紙在日米軍施設及び区域の共同使用に関する協定(訳文)〈省略〉

別紙在日米軍施設及び区域の共同使用に関する協定書〈省略〉

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